東経大ワンゲル監督のブログ

東京経済大学ワンダーフォーゲル部、木俣監督のブログです。

平成25年9月5日~7日 奥穂高岳夏山登山

 

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初日:関東地方では竜巻が猛威を振るうほど大気が不安定な状態となった。そんな時期  に山に入ったらひとたまりも無いと思いきや、行ってみなければわからない。ダメならテン場で停滞だな。元気な1年生2人引き連れて山に向った。マイカーでの終点である沢渡に駐車するとタクシーに乗り換える。大正池から穂高の山並みが見えるほど天気は安定している。これはもしやと期待が膨らんだ。13時過ぎに河童橋をでて、明神、徳沢と、たんたんと林道を歩きようやく横尾で林道が終わった。14時以降の涸沢への行動は自粛という張り紙はあるものの先に進むよりない。17時過ぎに涸沢テントサイトに着いた。まだ明るいがこれ以上の遅れは厳しいな。平日ということもありテントは少なめ。多少のでこぼこはあるものの場所の取り合いだけは避けられた。するめを肴に少々のお酒をたしなみ早めに床に着く。

 2日目:本日の工程は奥穂高岳ピストンとする。必要最小限の荷物をザックに詰め、パノラマコースに足を向ける。途中地図を確認しないという明らかなミスにより雪渓を渡らずしてコース外を登り過ぎてしまった。やはりコース外だと浮石が多く落石の危険を感じながら、そろりそろりと正規のコースに戻るのに1時間程度ロスしてしまった。その先はザイテングラードである顕著な尾根なので岩稜帯ではあるが気をつけていけばルートをはず すことはなかった。奥穂高直登ルンゼを横目にひたすら登ると穂高岳山荘のコルに到着する。この先50mほどの直上コースが一番の難所らしく鎖に梯子の連続箇所となり30分もすれば奥穂高岳のピークに達した。頂上からは槍ヶ岳が指呼の間である。遠くは薬師、水晶が大きい。眼下には梓川が横たわり上高地は程近く見える。帰路は慎重に下り14時にはテントサイトに戻ってきた。まだ日が高く一杯飲みながら昼寝としゃれ込んだ。

 3日目:下山日にあたる。朝から雲が多い。穂高の山並みに一瞬朝日が差し込んでおり美しい。テントをたたみ涸沢ともおさらばだ。途中下るうちにすっかり穂高はガスの中に隠れてしまった。屏風岩を右手にするとそろそろ横尾に着く。そこからはひたすら林道歩きとなり一般ハイカーも多く見受けられる。上高地河童橋手前で予定通り(?)雨が降り出してきた。ゴール間際でもあり癪なので雨具出さずにやせ我慢でバスターミナルに無事到着した。

 今回の山行は行動日がジャスト晴れ日にあたりとても運が良かった。また、1年生が初めての穂高ということで若干目標値が高かった気がしたが、無事下山できてほっとしている。

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平成25年5月3日・4日  新緑のキャンプ登山

 5月3日 今回はワンゲル新入部員のH君、I君と一緒に行くこととなった。話を聞いてみると二人とも高校時代に山岳部ということもあり山には明るい。場所の選定にしてもレパートリーが広がった。一からの自炊ができ、周りの自然が豊かで、登山対象となる山に雪がありあまり困難な登行でないこと。こんなところから廻り目平キャンプ場に金峰山登山に決定。初めて山行を共にするにはどうかなとの思いがあったが、経験者ゆえに大丈夫だろうとの目論見であった。結果的にはベストの選択であったと今では思う。

 朝4時には千葉を出発。途中南砂町を経由し、八王子に向かった。ところが連休真っ只中ゆえ5時前にすでに中央道で渋滞にはまった。どこもかしこも渋滞渋滞。長坂ICでもう昼間近になってしまう。八ヶ岳南麓をまく道はドライブには最高で景色が抜群にいい。赤岳を中心に蓼科まで八ヶ岳全体は大きい。また、そこは白と緑のコントラスが美しい。信濃川上村に入ると大きなスーパーにて買い付けを行った。定番のカレーライスとラーメンがメニューとなり少しの酒を買い足す。キャンプ場に到着すると多くのキャンパーがあふれていて駐車スペースを探すのが大変なくらいの賑わいだ。近くには大岩があちことに散在し、ボルダーが多い。彼らは大きなクッション(まるで布団かつぎのように)背に歩き回っていた。小生も少しボルダリング(命綱なしの岩登り)を試してみるがまるで体が動かない。ボルダリングは頭で考える以上に難しいと感じた。日が陰るととたんに気温が下がる。あちこちでは直火による焚火が方々で見受けられる。こちらも枯れ木を集めてきてスモール焚火と洒落込むがあなどれない。小さな火といえども暖かいし、心落ち着く。何時間でも飽きずに見ていられるのが不思議だ。

 5月4日 今日も朝から天気は良い。6時近くにテントをそのままにほぼ空身で出発する。しばらく石がゴロゴロした林道を行くが、山際からは崩れそうな岩山が迫る。林道が終わるとほどなく山道に入るが日陰は雪が残る。そうこうしている内に道が氷に覆われてきた。そこでアイゼンを装着するが。私を除き軽アイゼンのため斜度が増すと非常に不安定となりおぼつかない。山小屋に着くともう山頂は目の前だ。頂上から富士山、南アルプスの展望が素晴らしい。続々と登山者が上ってくる。早々に引き揚げ五丈岩を横目に来た道を引き返す。途中滑らないように慎重に下りあっという間に降りてきた。数時間前の風景なのだが久しぶりの時の差を感じる。充実した時間を脳が感じたのだろう。ただ少し物足りないのが森林浴をしていないことだ。周辺はカラマツ、シラビソ、コメツガと針葉樹が目立つ。明るい緑がないのだ。あのまぶしいような緑のシャワーがないのが残念だ。

 帰路は隣村の南相木村の温泉につかって帰るが、やはり渋滞だけが気がかりだ。今回二人の経験者を部に迎え明るい兆しが見えた。どれだけ充実した山行ができるか楽しみでもある。

 

平成25年4月21日 かすみがうらマラソン完走記

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  今体中が悲鳴を上げている状態でパソコンに向かっています。ようやっと報告できます。フルマラソンに完走できました。15年ぶりということで自分にとっては快挙。本当に自分自身の肉体と精神を褒めてあげたい気分です。今日はその感想と感激にお付き合いくださいませ。
 
 最近のフルマラソンブームは予想以上にすごく、関東近県のレースは抽選がほとんどでなかなか当たることが難しく東京も千葉も外れてしまいました。幸いこの421日のかすみがうらマラソンは先着順のエントリーで早く気が付き功を奏しました。主催者発表は19000人の参加者ということで沿道はランナーであふれかえっていました。
 
 当日は折しも朝から雨。予報も午後まで回復の見込みないとのことで、すごく寒い状況でのスタートとなってしまいました。着るものも悩み、僕ら一般市民ランナーはランニングに短パンではとても持ちません。長シャツに長タイツ手袋の寒さ対策も必要で、降りしきる雨のため僕はウインドブレイカーも着て走ることにしました。結果的には大成功でした。最後まで汗をかくこともなく体は冷えずにすみました。
 
 溢れかえるランナー達は列をなして走るのですが、気持ちは孤独です。とにかく自分自身を信じて歩を進めないと終わりません。距離を示すカードも20キロポストからは1キロずつ増えていきますが長く感じられます。20キロまではほとんどのランナーは平然と走ることができますがその先は持久戦です。今までのペースがフルをベースに適当であったか問われます。そろそろ止まりだす人が出てきて脚を伸ばしたり、屈伸をしている人が目立ちます。
 
 さて自分はどうだったかというと、脚の痛さは当然あるのですが我慢できる範囲内。それよりも背中の痛さが勝って腎臓のあたりがシクシクとします。姿勢を伸ばしたりごまかしていました。それでも途中で給水をしたり、軽食のエネルギーを補給すると身体は復活していきます。なんとも自分の身体をコントロールできている気分になってきます。やはり僕ら一般ランナーは4時間以上も飲まず食わずでは走ることができません。いかにエネルギーを上手に補給するかが完走への鍵です。最後に何を食べて走れたのか列記します。そのほとんどが沿道で応援してくれる民間の人のおかげなのです。(公式の給水場所には水、スポーツドリンク、バナナはありますがこれだけでは足りません。)単なる走るという行為ですが本当に自分の栄養素を燃やしてエネルギー化していることを実感しました。
 
 今回予想外だったのは雨のための寒さです。トイレに行きたくてしょうがなかったことです。特に走り始めは多くのランナーも思いは同じでコース上の仮設トイレは長蛇の列。結局途中4回いきましたが、最後はごめんなさい。立ち○○でした。
 
 走るというのは単純な行為です。でもそれを繰り返ことで42.195キロを走りきることができるのです。まさに走っている時は無我の境地です。距離ポストが増えてくることであと何キロと頭で計算するくらいです。エネルギー切れをおこしそうな身体には沿道の応援はすごい力でした。火事場の底力なのでしょうか、時々手を振ったり、ハイタッチをすると走るという単純な行為に変化が出て気がまぎれました。
 
 走っている最中に口にしたのは、ドリンク数え切れず、バナナ5本以上、アンパン3個、チョコレート3切れ、飴2個、オレンジ2切れ、支えてくれたのは沿道の人達でした。感謝感謝。今、身体はボロボロですが、次なるチャレンジに密かに燃えていますよ。
 
 で、何時間で完走?それは内緒です。

平成25年4月1日 ワンゲルの灯を絶やさないで!

平成25年41日 ワンゲルの灯を絶やさないで!

 

 新学期早々少々暗いスタートで申し訳ない。平成21年度入部生がこの3月で卒業し、その技術を受け継いだ部員はいなくなった。これは残念なことである。教える、教わるという関係はどちらの成長も促す。身につく技術(先輩から後輩)、身になる刺激(後輩から先輩)、身を建つ努力(同輩)は欠かせない。しかしながら絶対的なものではない。極論すると一人の部員でも存続するが困難を極める。本人の努力は並大抵のものではないし、それを支える大学本部、OBOGも力を尽くさないわけにはなるまい。

 

幸い私の元に4月を迎える前、3人の新入部員がきたと耳にした。それは嬉しいこと。期待は膨らむばかり。でも部員に聞いてみると不安も一杯。安心への舵取りをどのようにしようか。私も正直悩む。今までの歴史を知ることで惑うこともあるが、思い切って前を向こう。何も知らない興味の塊が動く方向を見守ろう。

 

さあワンダラー(ワンゲル部員のこと)出かけよう。自然は広いぞ、自分の小ささを知ろう。そしてみんなで助け合おう。

 

夢を持って新たなワンゲルがスタートできる門出を祝します。ありがとう!!

 

以上

 

平成25年2月9日 那須連山雪山登山

平成25年2月9日 那須連山雪山登山

 

 久しぶりに冬山に行きたくなった。スキーばかりで久しくアイゼンを使った山に行っていなかった。アイゼンを新調し、14日に那須岳へ行ったのだが、冬型気象が強くて敢え無く撤退したのだった。そのリベンジということで今回に至った。今年は典型的な冬型の天気配置が続き、この日も関東以北は雪模様である。栃木県北は微妙な位置にあるため冬型が緩むと東京地方とほぼ同じ天気になる。しかし、強いと雪雲は容赦なく那須岳に雪を積もらせる。と同時に猛烈な季節風を吹き荒れさす。前回は稜線に位置する峰ノ茶屋までも向かい風で登らせてくれなかった。特に顔面へのアタックは目出帽なくしては凍傷も免れない。前回の轍を踏んで今回は、目出帽、毛糸帽子、サングラス、防寒ウエアのフードを被ぶり完全装備で挑んだ。

 8時半には大丸駐車場を発った。稜線に出るまでは雪も深いがトレースもあり猛ラッセルまでにはならない。鬼面山、茶臼岳が望めるようになると風が吹き出し、足場はカチカチ凍り地面となりアイゼンが面白いように利く。風は強いが何とか峰ノ茶屋に着く。時間的にも余裕があるので三斗小屋を経由して三本槍を目指すことにした。まずは稜線からの下山口がものすごく向かい風で体が飛ばされそうだ。一旦下りると風はぴたと止む。下に見える避難小屋を目指すが次第に雪が深くなりラッセル状態になる。小屋から先は踏み後がなく、時々赤布がついているがルートが定かでなくなる。これ以上がんばると帰りがつらいのでこの辺で戻り、改めて茶臼岳を目指すことにした。

 峰ノ茶屋に戻ると相変わらずの強風が吹き荒れ、茶臼岳の噴火口から煙が飛び散っている。ほぼ氷斜面をひたすら登りお鉢巡りをして頂上に立つ。誰もいないピークでは那須神社の奥宮が鎮座しおり、お参りして下山する。帰りは映画「テルマエ・ロマエ」のロケ地となった北温泉で汗を流して無事帰宅した。

平成24年4月30日 上越巻機山スキー登山

平成24年4月30日 上越巻機山スキー登山

【4/30】

 どうも最近は、GWでも直前にならないと重い腰があがらない。家族の用だ、天気が心配だとの言い訳をして、ようやく430日が天気はまずまず、家族の許しも得て出発することとなった。例年になく多雪であったため安全第一、経験のある山ということで巻機山を選んだ。

 朝の4時に千葉を出発すると清水部落には7時半には到着できた。今回はシールもなく、登りは担ぎ上げてこらえたが、井戸尾根の急登では今までになく腿の筋肉に違和感があった。つりそうな感覚に襲われて筋持久力の低下を実感して弱気になってしまった。井戸尾根の取り付きも間違ってしまったので、最後は藪の濃いところを越えたり潜ったりの連続で大幅に消耗してしまった。

 稜線に出るとニセ巻機山が大きい。滑りは本当によさそうな広大な斜面だ。我慢して偽ピークに達すると谷をはさんで正面に巻機山ののっぺりした山が鎮座する。登り直して巻機のピークを踏む。ここからは滑りとなる。大きな谷の米子沢を滑れば大滑降となるのでしょうが、ニセ巻機の登り返しにくじけ尾根を忠実にくだることにした。それでもニセ巻機からの井戸尾根上部は気持ちよく楽しめた。ただだんだんと藪になり最後は板も脱ぐ始末。

 最後は駐車場にフィニッシュ。まだまだ雪国です。桜がようやくほころび始めた模様。

平成24年4月1日 ワンゲルって何だ?

平成2441日  ワンゲルって何だ?

 

身の回りには生活を便利にするもので溢れています。必要不可欠であるかは、本来自分で決めます。しかし、考えてみてください。社会の要請であったり、人が利用するからといった他人任せのことが多くありませんか?不変と思われた自然環境ですら人類は変えつつあります。科学の発展は目覚ましい、あらゆる不便が便利になっていく。それを社会は豊かになったという。本当によいのでしょうか?これで私たちは、正しく生きていると自信を持っていえるのか。自問自答しながら自然との共生を考えるのがワンダーフォーゲル活動と心得ます。

現状を説明しますと、部員も決して多くはなくピンチです。ワンゲル精神を引き継ぐべき後輩を歓迎いたします。答えは一つでない私たちの活動ですが、部員11人がそれぞれの立場で部を支えます。

自然に身をおいて自らの精神を一新してみませんか。山は懐が広いのです。