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東経大ワンゲル監督のブログ

東京経済大学ワンダーフォーゲル部、木俣監督のブログです。

平成27年8月11日〜12日 奥秩父金峰山キャンプ登山

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  家族会議で突然の旅行が決まった。金がかからず、満足感を得る。それはもう山しかないっしょ!直火OKのキャンプ場、それに山の麓ということで廻り目平キャンプ場をベースとした。

8月11日

  盆休み直前ということで渋滞なく信濃川上村には9時前には着いた。BBQの食材、ご当地高原レタスを買い込んだ。1500メートルを超えるベースキャンプは夜になるとぐっと気温が下がる。日中の暑さが嘘のようだ。焚き火の火が暖かで気持ち良い。明日の登山を前に早めに眠る。

8月12日

   どうも家族がメンバーだと朝は緩い。出発は7時半となった。正直小2の三男と運動不足の妻に不安がよぎる。山頂までの往復は辛いかもしれない。案の定妻のペースが上がらない。何とか4時間かけてピークに到着する。曇りの中にわずかな晴れ間が広がるも遠望は利かない。しかし、高いところは気持ち良い。みんなの気持ちも高揚する。五丈岩が大きく見える。慣れない足取りに下りは一層注意を払う。シラビソの森は凉しく、水気を持った土壌には至るところにキノコが生い茂る。最後の林道も長いが、清流の音を聞きながらひたすら歩む。キャンプ場に戻ると子どもにはご褒美のアイスが待っていた。帰路は南相木村の温泉につかり汗と焚き火の匂いを拭って、山を後にした。

 

 

 

 

 

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平成27年7月24日 大分由布岳登山

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九州出張ついでの登山を思いついた。半日少々しかないということでは遠出も出来ない。大分空港についたその足でレンタカーを駆使して入山口まで一気に行くことにした。できれば九重山までそして法華院温泉にでもと思ったが無理だとわかった。大分の名峰、別名を「豊後富士」の名の由布岳をターゲットにした。麓は温泉で有名な湯布院である。街中に車を停めて気がついた。地図を忘れた!土地勘のないこの地で出発前にさらっと登山地図を眺めた程度で大いに不安に感じた。案の定一番長いコースを選択してしまった。

西登山口から2時間半コースである。合野越からは草原風のミニ阿蘇の風情である。かんかん照りにとにかく暑い。汗だくの中、西峰1583mに達した。(直前の分岐で西峰と東峰の別れ道。地図のない私はえいやの選択で西を選んだ。)

三角点ピークのある西峰を選んで正解。まさにThis is 夏山。雲たなびく空に容赦ない日差し、どこまでも緑が続く遠望。満喫して往路を戻る。残念ながら観光する間も無く、そのまま大分駅まで車でひとっ走りの短い旅であった。 

  

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平成27年5月2日〜4日 尾瀬沼燧ヶ岳春登山

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5月2日

連休真っ只中に出掛けるため渋滞を回避する手段に出た。前夜出発し、夜半の那須塩原にある道の駅にテントを張って仮眠する。予定通り朝には七入の入山口に着いた。ここから尾瀬沼まで沼田街道を行くのだが、今時分は入山者は皆無だ。残雪のラッセルとなるが3人いるので心強い。途中抱返ノ滝付近で道を失う。(元々道はないのだが赤布がどうしても見つからないのだ)こうなれば地図とコンパスで方角を見定めて進むしかない。30分以上のロスをしながらも大江湿原を通り尾瀬沼長蔵小屋のキャンプ場に到着。

 

5月3日

朝からピーカンだ。今日は尾瀬ヶ原を通って至仏山までと思っていたが、ピストンすると10時間を超える行程であったため行けるところまでというプランに変更した。ほぼ凍りついた尾瀬沼だが、所々解氷しており怖いので、忠実に夏道をたどった。見晴小屋でほぼ昼となり至仏山は断念した。とりあえず尾瀬ヶ原の山の鼻手前まで往復してくる。雪解けの川には所々に水芭蕉が顔を出す。雪の照り返しがきつい。暑さと疲労でようやく夕方前に尾瀬沼まで

帰ってきた。

 

5月4日

最終日は燧ヶ岳を通って下山だ。今日も天気には恵まれた。朝から長英新道の登りに取りかかる。傾斜は楽だが道のりは長い。それでも昼前には俎ぐらのピークに着いた。誰も柴安ぐらピークに興味はわかず下山に取り掛かった。途中相当数の人たちが登ってくる。さすがに燧ヶ岳のメインルートだけあって、登山、山スキー、スノボーと多彩だ。ほどなく御池に着く。ここからは車道だが折しもいい時間帯にバスがあったため歩きはここで終了となった。名物の檜枝岐そばを食して帰路に着いた。

 

 

 

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平成27年4月1日  ワンゲルスタート

  平成27年度のワンダーフォーゲル部の幕開けです。今年は創部60周年という記念の年になります。ひとえに60年といっても各世代の思いの募った歴史そのものです。我らの部を例えるならばバネです。あの螺旋状のぐるぐると回って何周も続く終わりなく伸びていくバネ秤のイメージではないでしょうか。1周しても同じ地点にはなく上にずれます。(バネを縦向きにします。)繰り返しているようで変化(進歩)していきます。環境、メンバー、活動もそれぞれです。何が正解かはわかりませんが、その解は卒部してわかります。環境、メンバー、活動の中で意識的に変えられるのは活動です。自然は限りなく偉大で一生の相手にするには過不足ありません。ただ人の営み(文化)も自然は取り込んでくれます。古くて新しいテーマを模索してがんばってください。永遠に続くバネを目指して。

平成26年12月28日~30日 仙丈ケ岳・甲斐駒ケ岳 冬山登山

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   28日:入山口の戸台は山梨から南アルプスを裏手に回るので少し遠い。10時にスタートとできれば御の字というドライブであった。戸台橋周辺は道も氷つき、戸台河原の駐車場まで行く勇気がなく丹渓荘前空地に置くこととする。ここから河原の道をあるくことになるが、渡渉箇所を間違えたせいか堰堤の乗越に苦労する。丹渓山荘跡から本格的な登りとなった。アイゼンも装着し安全登行し、14時過ぎには2日間の宿となる北沢峠こもれび荘に到着した。2日間ともこった夕食が出てきてとても山小屋とは思えない。特に2日目の鹿肉シチューは美味であった。

 29日:本日の工程は仙丈ケ岳ピストンとする。ヘッドランプの明かりのもと出発。前夜からの積雪で昨日までの踏み跡もほぼ消滅していた。二人でラッセルを強行してがんばる。8合目からは視界もなく厳しいが我慢に我慢を重ねて仙丈ケ岳頂上に立てた。休む間もなく写真を撮りすぐ下山の途につく。途中青空も見え出すがほぼガスの中で帰りのトレースを慎重に探しながら下りていく。小仙丈ケ岳からは間違いやすい尾根に気をつけながら進めていく。下山後の満足感から乾杯の一杯がおいしかった。

 30日:前夜からの「ヤマ天」仙丈ケ岳周辺天気予報は基本冬型になり、晴れ基調であるが山はガスとの予報であった。案の定、朝からガスの中で何も見えない。東駒ヶ岳甲斐駒ケ岳)を目指すが帰りのこともあるので行けるところまでという限定。おそらく途中の駒津峰までと目標にする。仙水峠までは樹林帯のため順調に歩を進めるが、峠に立った途端そこから先は暴風雪の世界であった。駒津峰直前では耐風姿勢をとらないと危ない。顔面の頬が刺すように痛い。このまま長くさらせば凍傷間違いないという体感温度で、マイナス30℃はありそう。さっさと頂上を後にして退散といった面持ちであった。それでもこれを体験しただけでも大きな収穫であろう。帰りは長い河原歩きが圧雪のコンクリートのように固くなりツボ足だとつるつる滑る。無事下山し、高遠のさくらの湯に身を沈め3日間の疲れを癒した。この後におまけ話しがある。大月ICから上野原IC間の事故通行止めのため4時間近く無駄にして東京には零時を回ってようやく、ああ疲れたなあ。

平成26年12月23日   丹沢塔ノ岳登山

   冬靴を新調して雪山登山に行くべき足慣らし山行を計画した。身近な丹沢に参加してもらったのがH君。日帰りで遅くならないというところでヤビツ峠からの表尾根からの塔ノ岳頂上を目指し、大蔵尾根を下山するという定番になった。小田急線秦野駅からのバスは2台が運行となり昨今の登山ブームを象徴するかの賑やかさであった。小生たち少しひねくれていて終点前の蓑毛で下車し静かな山行がスタートした。あっという間にヤビツ峠に着き、しばらく車道を歩き富士見橋からは本格的な登山道となった。これから先最後まで本当に閉口したのが足場である。ほぼ全てぬかるみの泥道であった。冬山デビューの前に泥の洗礼を受けた山靴がかわいそうだ。おそらく登山ブームを支えるメッカがここ丹沢なのだと思う。これだけ人が入ればオーバーユースなのだろう。植物が生えるまもなく踏み固められればそこは土が丸だしになりおまけに今、冬の霜柱が溶け出せばぐちゃぐちゃになるのも必然。諦めて泥遊びを楽しむことにする。それでも景色は最高で相模湾がキラキラ輝き、富士は気高くそびえたつ。塔ノ岳は多くの人が集まり皆が昼食タイムであった。さすがに寒くラーメンがおいしい。さらっと下り渋沢駅前で乾杯。帰りは電車でゆっくり帰還となった。

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平成26年10月19日 千葉アクアラインマラソン完走記

日曜日に海の上を走ってきました。正確には道路の上ですけど。千葉アクアラインを木更津〜海ほたる間往復を含む42.195kmのフルマラソンです。1万人を超える参加者でした。朝からドピーカンのお天気で気温は22,23度と走るにはちと暑すぎに感じました。10時のスタートの号砲が鳴り、そこから20分してようやくスタートラインを通り過ぎた。沿道には和太鼓やフラダンスなどお祭りさながらでランナーもギャラリーもとにかく楽しんでいる。5キロ過ぎから徐々に登り坂に変わり高速道路を登りつめた先の視界には海が見え、気分は最高。ランナー達も記念写真を撮りながらハイテンション気味。しかし、日差しは強く体力の消耗は知らず知らずのうちに進んでいたようだ。海から戻ると袖ケ浦市の郊外を走るがどこにも応援ギャラリーがいて勇気づけられる。特に保育園、小中高生の生徒とはハイタッチをしながら力を吸収していた。給水所にも大いに助けられ、何となく脚を止めることが許される場所なのだ。スポーツドリンクの他にもバナナやアメなどがあり、孤独のランナーの唯一のオアシスになっている。ここを出発すると次の給水所まで頑張ろうという気になる。長い船旅の寄港地みたいなものだ。やはり30キロを過ぎると立ち止まるランナーが続出する。それぞれが脚を揉みながらも騙し騙し歩き続ける。脚を止めると二度と走れないんじゃないかと強迫観念がある。35キロでは最後の登り坂が待っている。そろそろ自身の脚も限界に近づき、とにかくゴールにたどり着き脚を止めたい。その気持ちだけが推進力となっている。もう目標タイムなど頭にない。ゴールが目標に変わりつつあった。自身との戦いが最後に待っていた。ゴールをすると、さも何もなかったように思考回路は戻った。しかし、体全体にはとてつもない疲れと自信が残った。

前回レースでは他のランナーの背中(メッセージ)に励まされたが今回は記憶に残っていない。ただ沿道でのメッセージが今でも記憶にある。「疲れは気のせいだ。痛みは思い過ごしだ。」夢のような気持ちになりたがったが、身体は正直に電池が切れたようにギクシャクし、立っているだけでつらい。こんなにつらくてもまた走りたくなってしまうのが市民ランナーのさがのようです。